2017年03月21日

高湯 江戸-明治時代編・冬の雪見露天巡り

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2017年2月某日

いざ、“雪泊まり”の秘湯へ

 「立春」も過ぎ、暦の上で春とはいえ、そこはまだ名ばかりの厳寒。すっぽりと深い雪に覆われる高湯の2月は、温泉好きの旅心を急かす雪見露天の季節だ。
 昨年の“秘湯部門日本一”に続き、今年の“じゃらん2017年人気温泉ランキングの総合満足度”部門で、高湯温泉は栄えある第一位(!)に輝いた。折しも応募していた冬のお得企画「高湯で三泊富湯ごもり」の当選の吉報も届いたばかり!どうやら吾妻の神々と、私たちはすこぶるご縁があるらしい(笑)。

03氷柱と吾妻小富士s.jpg06吾妻屋内湯s.jpg14玉子湯雪道s.jpg

05吾妻屋小屋雪s.jpg11吾妻屋露天雪s.jpg18玉子湯女露天s.jpg

 高湯に古くから伝わる湯めぐり指南は「三日一廻り、三廻り十日」。一般的に推奨されている温泉湯治は3週間程だが、高湯のいで湯は温泉成分の高さから、これを大きく下回る10日程で済むという。本来なら10日間滞在し、じっくりとこの説を心と体で感じたいところだが、残念ながら日程の都合で今回の予定は3日間のみ。予防医学が叫ばれる現代、温泉の果たす役割は近年、益々注目されている。有識者によれば、私たちのように長期逗留できない場合でも、健康維持のためには定期的な温泉利用が望ましいらしい。
 年末から度重なる大寒波に襲われた今冬の日本列島。覚悟して向かった高湯は、ここ数日続いた小春日和のせいか積雪はやや少なめ。とはいえ、標高700mの寒暖の差で溶けてはまた凍りついた雪が、軒先に1m程もある見事な氷柱となって愉快な景色を描いている。
 バイカーが選ぶ“日本絶景道50選”の6位にランクインする吾妻スカイラインが開通するのは例年4月初旬頃。それまで土湯方面への通り抜けができない高湯温泉は、まさに文字どおりの“雪泊まり(行き止まり)”の秘湯だ(笑)。高湯の冬は古き良き時代、ここを根城にひたすら湯と向き合い逗留した先人の暮らしを追体験できる、そんな場所のひとつかもしれない。

08吾妻屋露天雪s.jpg13玉子湯湯小屋外雪s.jpg

12玉子湯雪の斜面s.jpg13玉子湯湯小屋内観s.jpg34玉子湯湯川s.jpg

18玉子湯女露天s.jpg28昔の玉子湯昭和初期s.jpg31玉子湯宿帳昭和s.jpg

歴史を紡ぐ、老舗湯宿で冬湯治

 3連泊の初日。訪れたのは前回、紹介した高湯の開湯伝説(詳細はこちらのブログを参照にも関わる「吾妻屋」。ここは、わずか10室の客室に対し、貸切を含め8つもの風呂があることで知られる(詳細はこちらのブログを参照。2014年にリニューアルした内湯もいいが、長年の“吾妻屋ファン”が足繁く通うのは、何といっても広い敷地内の奥に佇む野趣満点の露天風呂「山翠」だろう。ちょうど訪ねた日はそのワイルドさを味わえる(?)、気まぐれな小雨模様(笑)。恵みの天水をいただき、やや温めとなった翡翠色の湯にどぼんと浸かり、心地よさのため息。洒落たベレー帽のような綿帽子をいただく岩風呂で念願の雪見露天を独り占めで楽しんでみる。
 2日目となる翌日は、高湯の歴史を語る上で欠かせない「玉子湯」(詳細はこちらのブログを参照へ移動し、情緒あふれる5つの外湯めぐりを満喫。
 通称“温泉庭園”と呼ばれる湯川沿いの敷地で、創業時の面影を今に伝える茅葺きの湯小屋「玉子湯」は、高湯温泉のシンボル的存在だ。背後に寄り添う庭と山を借景に佇む湯小屋は、春夏秋冬、異なる趣をたたえ、昔話を思わせる安らかな姿で私たちを迎えてくれる。大きな岩や湯屋が点在する庭園内は、生き物のようにせり出した巨大な雪庇をはじめ、雪層、根開き、雪えくぼといった、表情豊かな雪たちの博覧会(笑)。冬の高湯で雪の名前をひとつ覚えて帰る、そんな旅もまたいい。
 温泉にまつわる資料がほとんど焼失した高湯で、創業150年を誇る玉子湯には、当時の貴重な写真や文献が唯一、保存されている。宿を訪れる際は、館内にある資料展示コーナーにも、ぜひ足を運んでいただきたい。

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30昔の玉子湯昭和初期?s.jpg35玉子湯昔の半纏s.jpg33額「温」s.jpg

江戸から明治の高湯温泉物語

 さて。ここで前回に続き、激動の時代をくぐり抜けてきた、江戸から明治時代の高湯温泉の変遷について簡単にふれてみたい。
 1701(元禄14)年、高湯のある庭坂村(現在の福島市)の代官となった池田新兵衛は、湯守たちの申し入れにより、それまでの湯役銭を廃止し、湯屋毎に徴収する湯屋敷年貢を採用。さらには村に還付となった税で高湯道を改修し、大幅な減免措置をとった。これを契機に、高湯を訪れる湯治客はさらに増加していく。
 1722年(享保7)年、吾妻山から採取した硫黄による商売が起こるなか、高湯の湯花にも注目が集まると、農民たちは「山を荒らせば、冷気、風雨、風などの山荒れが起こり、田畑の生育に差し障りがある」として、代官所に税を立替えこれを阻止。その後も山内の採取や伐木を禁じる訴状を提出し、神なる山の平穏を護り続けた。
 幕末の戊辰戦争では、新政府軍への驚異から米沢藩によって温泉街が焼き払われ、さらに、追い打ちをかけるように1868(明治元)年、神仏分離令が発令。全国に急速に廃仏毀釈の動きが広がった。人々は先祖伝来の遺産である薬師堂を護るため、名称を温泉神社に改め薬師如来像を密かに隠した。名称が回復した薬師堂に如来像が再び安置されたのは、半世紀後の1920(大正9)年。湯守たちの信仰と信念を物語るエピソードである。

20玉子湯源泉s.jpg36玉子湯部屋雪景色s.jpg37薬師如来内観s.jpg

27昔の高湯全景昭和初期s.jpg60吾妻山噴火写真s.jpg59高湯温泉誌明治篇s.jpg

試練を耐え抜いた、奇跡の湯

 ちなみに高湯温泉の特徴である玉子のような臭いは、江戸時代後半の文化・文政年間(1804〜1830)にはすでに確認されていたようだ。伝承によれば、庭坂村で炭焼きをしていた文吾という者が、沢辺に湧くこの玉子臭の湯で、大火傷を跡形もなく完治させたと伝わる。文吾が川の流れをせき止めて造った簡素な岩風呂は、安政年間(1854〜1860)の大洪水で流れたが、1868(明治元)年、庭坂村の名主、後藤与次兵衛が、この地に仮小屋を建設。これが「玉子湯」の創業とされている。1872〜73(明治5〜6)年頃には、「安達屋」「吾妻屋」「信夫屋」が営業を再開。高湯に再び賑やかな湯客の声が響くようになった。
 日本が近代国家へ猛進した明治時代。当時の福島県令で、強権で知られた三島通庸(みしま みちつね)により、高湯温泉をまるごと麓の湯町(旧名 割石)へ移転し、一大歓楽街にする構想が持ち上がる。高湯の関係者はここでもまた必死に抵抗するものの、土木県令と言われた三島の強引な計策のもと、願いは叶わず、居住の嘆願だけはかろうじて認められ、高湯の温泉水を湯町まで引湯する国の一大プロジェクトが着工。1885(明治18)年、総延長約8.5kmの湯樋埋設工事が完成し、湯町に新たな温泉街が築かれた。しかしそれからわずか10年あまり、湯樋や土管の度重なる破損、またそれらの補修にかかる莫大な費用負担が村を分断する大問題に発展し、湯町は1898(明治31)年に閉鎖となった。
 折しもこの数年前の1893(明治26)年、吾妻山の噴火による被災で衰亡の危機に瀕していた高湯温泉は、これを機に奇跡的に息を吹き返したのである。以後、“療養所主として任じ、専ら治療者の便益を図り”という信条のもと、安達屋、吾妻屋、信夫屋、玉子湯といった湯宿が今なお、当時と変わらぬ想いで湯客を迎えている。辛抱強い人々の努力で波乱の歴史を耐え抜いてきた高湯温泉。その歩みはまさに、厳しい大自然で生き抜く術を諭すような、吾妻の神々の試練だったのかもしれない。

39花月HH貸切露天s.jpg40花月HH大浴場s.jpg45花月HH夜景s.jpg

48花月HH夕食s.jpg49花月HH夕食s.jpg50花月HH貸切夜雪s.jpg52花月HH朝日s.jpg

55朝日の吾妻小富士s.jpg58か月HH貸切湯船s.jpg58花月HH大浴場女子朝雪s.jpg

冬と春のはざまで

 今回の旅の締め括りに選んだ3泊目は天空の眺望で人気の「花月ハイランドホテル」(詳細はこちらのブログを参照)。眼下に広がる絶景に目を遊ばせつつ、早速、貸切風呂で吾妻小富士、安達太良山の雪景を拝謁し、そのまま大浴場へと温泉冥利のはしご湯(笑)。内湯といえども天井の抜気孔から時折、ひんやりと流れ込む夜気にほてりを冷ませば、ここが標高700mなのだという実感がわいてくる。
 澄んだ冬の空気に、部屋から望む福島市街の夜景も一段と煌びやかだ。高湯湯治の最後を飾る夕膳は、目にも鮮やかなひとあし早い春の彩り。高湯一の収容規模を誇る宿ながら、緩急に富むそのあしらいに女将の女性らしい細やかな感性が光る。
 照明を落とした貸切風呂で、ほのかに発光する雪あかりに遊ぶ夜露天。茜色のご来光に、刻々と純白の輝きを跳ね返してゆく雪景を愛でる朝露天。冬の高湯湯治の醍醐味は、まさに雪にはじまり雪に終わると言っていい。
 思えば「雪」という字に先人は、“ほうきで掃くことができる天水”という意味を込めた。あらゆる地上を白く染め上げる雪の姿は、今もしばしば神々が不浄を掃き清めた世界に例えられる。あなたがもし冬に高湯を訪れた際、降りしきる雪に出会えたら、それは実はとても幸運なことだ。何故なら神々の歓迎の“しるし”なのだから。
 雪解け水が軽やかな序奏を奏でれば、今年も麓の花見山に息を呑む万花の季節がやってくる。彩りの交響曲が吾妻の里に響き渡る頃、そのS席でまた、人々に微笑む山々を仰ぎたいものである。



■「今昔ゆかしき宿  吾妻屋」
〒960-2261
福島県福島市町庭坂字高湯33
TEL/024-591-1121

チェックイン 14:00〜・チェックアウト 〜10:00 
※チェックイン時に内風呂「古霞」・貸切風呂ご利用のご予約を承っております
日帰り入浴/無

[温泉の利用形態]
天然温泉

[アメニティ]
 シャンプー、リンス、ボディソープ、ドライヤー

[交通のご案内]
■東北自動車道
福島西I.Cから国道115号線〜県道5号線16km(約20分)

■福島交通路線バス
JR福島駅西口から「高湯温泉」行・「高湯」下車(約40分) 徒歩1分


■旅館「玉子湯」
〒960-2261 
福島県福島市町庭坂字高湯7 
TEL/024-591-1171

チェックイン 15:00  ・チェックアウト 〜10:00 
日帰り入浴/10:00〜14:00(最終受付13:00) 700円
※定休日/水曜日
[入浴時間]
露天風呂と湯小屋「玉子湯」は6:00〜22:00
大浴場「滝の湯」と内湯「仙気の湯」は0:00〜24:00

[温泉の利用形態]
天然温泉・源泉100%。完全放流式、加水なし、加温なし 

[アメニティ]
 大浴場と内湯/シャンプー、リンス、ボディーソープ、石鹸、ドライヤー等

[交通のご案内]
■東北自動車道
福島西I.Cから国道115号線〜県道5号線16km(約30分)
■福島交通路線バス
JR福島駅西口から「高湯温泉」行・「玉子湯前」下車(約40分)
※福島駅西口まで送迎いたします(要予約)
【お迎え】午後3時15分/【お送り】午前10時30分


■「花月ハイランドホテル」
〒960-2261 
福島県福島市町庭坂字神の森1-20
TEL/024-591-1115 

チェックイン 15:00  ・チェックアウト 〜10:00 
日帰り入浴/10:30〜22:00 600円
※入浴回数券6,000円(11枚綴り)あり

[温泉の利用形態]
天然温泉・源泉100%。完全放流式、加水なし、加温なし 

[アメニティ]
 大浴場と内湯/シャンプー、リンス、ボディーソープ、石鹸、ドライヤー等

[交通のご案内]

■東北自動車道
福島西I.Cから国道115号線〜県道5号線16km(約30分)

■福島交通路線バス
JR福島駅西口から「高湯温泉」行・「ハイランド前」下車(約40分) 徒歩約2分

※福島駅西口まで送迎いたします(要予約)
【お迎え】午後3時/【お送り】午前10時30分

★紅葉の名所として名高い磐梯吾妻スカイラインのスタート地点まで車で約1分。
 高湯温泉から土湯峠へ吾妻の山並みを縫う雄大なパノラマコースは必見です。
 <平成29年4月上旬まで冬季閉鎖>
※通行料は恒久的に無料化されました


《高湯で三泊富湯ごもり》
温泉街にある9つの参加旅館に三連泊すると、最大15,000円割引、さらに6,000円分の利用券付が当たる冬の好評企画。宿泊者には「高湯御朱印帳」と「高湯温泉効能本」をプレゼント!※この企画は2017年3月15日にて終了しました。)
↓2016〜2017年実施のチラシはこちら
三泊富湯ごもりチラシ.jpg



posted by yusanjin at 14:27| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする