2017年10月02日

高湯ゆかりの文人編・晩夏の玉子湯にて

03藁葺湯小屋イメージ★DSC09847s.jpg01大浴場滝の湯★DSC00024s.jpg

2017年8月某日

吾妻の山に故郷を重ねた、斎藤茂吉

 立秋を過ぎてまもなく。記録的な長雨に、慌てて毛布を持ち出す程の朝晩の冷え込みが続く(笑)。このぶんだと秋の訪れも早そうだ。これからの季節なら降りしきる雨音を聴きながら、一冊の本を友に夜長を過ごすのもいい。
 さて、これまで[開湯伝説](詳細はこちらのブログを参照・[江戸・明治]詳細はこちらのブログを参照・[昭和・平成]詳細はこちらのブログを参照と3回に渡り、高湯の歴史をご紹介してきた。日に日に深まる秋にふさわしく、最後となる今回は高湯ゆかりの文人についてふれてみたい。
 良質な温泉と景勝に恵まれた福島県内には、多くの名だたる文人が逗留した。高湯にも斎藤茂吉をはじめ、加藤 楸邨、庄野潤三、埴谷 雄高などの作家が訪れている。歓楽的な温泉地を訪れた泉鏡花や若山牧水、竹久夢二といった文人とは対象的に、高湯を愛した作家は、いずれもどことなく枯淡な雰囲気を宿している。

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26吾妻屋茂吉書扇子s.jpg27吾妻屋所蔵記念碑記念書s.jpg25吾妻屋★DSC02059s.jpg

 大正から昭和初期にかけて活躍した歌人、斎藤茂吉(さいとう もきち)は、1913(大正2)年に出版した第一歌集『赤光』の「死にたまふ母」のなかに、吾妻山を詠んでいる。

 吾妻やまに雪かがやけば我が母の国に汽車入りにけり

 茂吉にとって吾妻は、蔵王と並ぶ故郷の山であった。この歌には、消えかかる母のいのちの灯に、朝日に映える吾妻山を仰ぎ夜汽車で急ぐ茂吉の切なる想いが綴られている。
 茂吉が高湯に逗留したのは1916(大正5)年の夏、病床の父の見舞いに山形へ出かけた帰りである。そのときの印象はかなり強かったらしく、茂吉が逗留した「吾妻屋」(詳細はこちらのブログを参照では宿の主人が「東京の客人庭坂(現:福島市町庭坂・李平)より馬にて来る」と、日記に留めている。そのとき茂吉を高湯に案内したのが信夫郡瀬上町在住の歌人で、生涯の友となる門間春雄(もんま はるお/1889-1919)であった。門馬との出会いは茂吉が編集する「アララギ」で長塚節(ながつか たかし/1879-1915)の追悼号を出版する際、長塚と懇意にしていた門間に原稿を依頼したことに始まる。

 五日ふりし雨はるるらし山腹の吾妻のさ霧のぼりみゆ

 高湯に滞在中に茂吉が詠んだこの歌は、現在、一切経山と吾妻小富士の間に位置する樋沼(詳しくはこちらのブログを参照)に建立された歌碑にも刻まれている。ちなみに、歌碑建立にあたり吾妻屋で確認された茂吉の歌はもう一首ある。

 山の峡(かい)わきいづる湯に人通ふ山ことはにたぎち霊(たま)し湯

 吾妻にまつわる歌はこの他にも第二歌集「あらたま」に16首が収録されている。そこには、下界では決して味わえない山での体験に感じ入る茂吉の、瑞々しい日々が推察できる。中にはよほど嬉しかったのだろうか、宿で意気投合した門間を詠んだものもある。

 霧こむる吾妻やまはらの硫黄湯に門間春雄とこもりゐにけり

 門間はこの来訪からわずか半年後に結核を発病し、30歳という若さで急逝した。門間の歌人としての才能を認めていた茂吉にとって、この衝撃は大きかったようだ。そんな茂吉と門間、高湯温泉の繋がりを記した樋沼の歌碑は2006(平成18)年に経年劣化の修復が行われ、今なお、蔵王と吾妻という二つの故郷に見守られた同じ地で時を刻んでいる。

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11安達屋★DSC00196s.jpg10薬師堂★DSC00190s.jpg28高湯ダム公園池★DSC00156s.jpg

心の交流に安息を得た、加藤 楸邨

 一方、加藤 楸邨(かとう しゅうそん)は、1950(昭和29)年、吾妻屋に妻子と一緒に滞在し、霧深い吾妻連峰に登っている。人間の生活や自己の内面を掘り下げた歌で知られる楸邨は、1945(昭和20)年、無数の焼夷弾が街を焼き尽くした自身の空襲体験を、牡丹の花に例えて詠んでいる。

 火の奥に牡丹崩るるさまを見つ

 命の危機にさらされながらも、目の前に広がる壮絶な光景に、恐怖を超越したある種の美を感じとったのである。
 楸邨の作風は、短詩型や季語の制約を受けながらも、目に映る世界に鋭い視点で人間的要素を盛り込んでいる。楸邨はこの独創的な感性によって、そこに潜む本質を世に問いかけたことから“人間探究派”と呼ばれている。
 戦後は民衆感情を煽動した戦争協力者として自らを厳しく罰し、それがもとで体を壊し肋膜炎を悪化。約4年もの間、長い闘病生活を送る。そして、ようやく健康を取り戻した後に訪れたのが高湯であった。このときの体験を楸邨は忘れ難い思い出として「吾妻山行」という紀行文に残している。
 楸邨は高湯で出会った人々の情に触れ、その後も高湯を度々訪れている。そのときに詠まれた句は、楸邨の高湯の人々に寄せる愛着を感じさせる。

 四山雪解に叱咤とほるや山に老い
 鷦鷯(みそさざい)さめてにこにこめざめこよ

 この2句には時を忘れて話し込んだ「安達屋」(詳細はこちらのブログを参照)の老主人や、朝寝坊の宿の娘を我が子のように可愛がった楸邨の人間味あふれる姿が見て取れる。

48湯小屋イメージ★DSC09979s.jpg49藁葺湯小屋夜景★DSC01621s.jpg51露天瀬音前通り★DSC09644s.jpg

65藁葺湯小屋イメージ★DSC09594s.jpg43露天天渓の湯夕★DSC01447s.jpg

31芳名録★DSC01720s.jpg33藁葺湯小屋と川イメージ★DSC09617s.jpg50露天瀬音前通り★DSC09632s.jpg

玉子湯ゆかりの文人たち

 今回、訪れた高湯の「玉子湯」(詳細はこちらのブログを参照もまた、芥川賞作家の庄野順三(しょうの じゅんぞう)と小説家で評論家の埴谷雄高(はにや ゆたか)ゆかりの宿だ。宿には1974(昭和49)年、文芸評論家の荒正人(あら まさひと)と共に訪れた埴谷の色紙も残されている。 
 庄野順三が高湯温泉の「玉子湯」に宿泊したのは、安保騒動で世間がざわついていた1960(昭和35)年。庄野は翌月の文芸誌「文学界」に、この高湯での滞在に着想を得た作品「なめこ採り」を発表している。そのなかで玉子湯で働く最古参の番頭、幸之助の朴訥さを好感あふれる人柄として捉えている。

「私はこの玉子湯に来てから、今年で三十六年になる。明治三十年の生れで、数え六十四だが、そう云うと、みんなに「うそを語るな」と云われる。
(この人がこうして坐っているところは、年寄の感じではない。しかい、若いという風にも見えない。うまく云い難いが、何か可愛らしいところがある)−−略」

 「なめこ採り」では、山に分け入り筍やなめこを採る際、幸之助が父親から教わった熊払いの方法(木を枝で叩いて大きな音を出す)を、淡々と語る姿が描かれている。
 庄野にとっては喜びも危うさも身近な日々の中に潜むものであり、それこそが皮膚感覚を伴う本当のリアリティであった。1962(昭和37)年、「群像」に発表したエッセイ「文学を志す人へ」の中で庄野は、「静かに生きることは、それほどやさしいことではない」と、自らの小説に秘めた思想について語っている。高湯温泉で目にした光景や人々の姿に、庄野はその詩心をかきたてられたのかもしれない。

17 湯小屋 湯口4s.jpg45藁葺湯小屋玉子湯男☆DSC01346合成s.jpg37湯小屋前の川夕景★DSC01474s.jpg

38湯小屋前の川夕景★DSC01533s.jpg42庭園夕景★DSC09723s.jpg

43露天天渓の湯夕★DSC01413s.jpg63玉子湯源泉★DSC09613s.jpg64分湯箱★DSC00077s.jpg

 また、埴谷雄高が半生を費やして執筆した未完の代表作「死霊」の第五章「霧のなかで」は、高湯の景色を彷彿とさせる乳白色の霧の描写から始まる。

「霧…。見渡すかぎりにさらに一面の乳白色の霧であった。それはあらゆるものを覆い隠して果てもなく乳白色に拡がった幻想的な霧であった。そのなかには寂寞がかくれ、限りない変容が埋もれていた。湿気をふくんだ小さな乳白色の粒子は絶えまもなく湧き起り、一つ幻想的な層となって揺れ漂い、一つの果てもない強大な坩堝(るつぼ)のなかで撹(か)きまわされるように、湿った大気は一面に湧きかえっていた。あらゆるものの形をのみこんで厚く垂れこめた。ーー略」

 もともと埴谷の先祖は相馬藩の上級武士で、父は明治維新後も祖父に叩き込まれた武士の誇りを貫き、孤高に生きた。その父に埴谷は幼い頃から厳しくしつけられた。のちに埴谷は参加した農民運動で弾圧され、豊多摩刑務所の未決囚の独房で世界と隔絶された沈潜生活を送る。それらの影響からか、埴谷は晩年まで革命や革命家にこだわり、ロシアのドストエフスキーが唱えた理詰めの思弁的世界に傾いていく。そんな独自の思想を持つ異色の作家にとって深淵な凄みを放つ高湯の霧深さは、埴谷文学の原風景であったかもしれない。
 「玉子湯」の敷地内には庄野作品にも登場する、宿のシンボルとも言える藁葺の湯小屋が、今なお時を止めた姿で佇んでいる。こじんまりとした内部は、簡素な脱衣場と隣り合う小さな浴槽がある昔ながらの造り。しっとりと濡れた木の壁や床、窓の桟の古びた味わいを眺めながら湯に浸かれば、ここに集った人々のさざめきが聞こえてくるようだ。
 一転、山と渓流に寄り添う別棟の露天風呂はこれでもか、という開放感が味わえる。山の斜面を活かした庭園もよく手入れされ、散策路を少し登った高台には温泉神社の姿も見える。一見、見過ごしてしまいがちだが、宿の駐車場奥には、作業小屋風の建物に覆われた“源泉分湯箱”もある。普段、なかなか目にできない分湯の様子は、なかなかに興味深い。

57ロビー★DSC00061s.jpg52夕食★DSC01541s.jpg54夕食★DSC01570s.jpg

58ロビーイメージ★DSC00049s.jpg72大浴場滝の湯★DSC00038s.jpg78資料館★DSC01989s.jpg

79資料館★DSC01984s.jpg80資料館★DSC01969s.jpg74森のガーデン★DSC00224s.jpg77森のガーデン★DSC02086s.jpg

 宿の料理は郷土料理の前菜や汁物の他、「はもつみれの海鮮鍋」や「鈴芋あんがけの豚の角煮」、昨今の和洋嗜好を反映してか「ホタテ貝柱のキッシュ」など、バラエティに富み、飽きさせない工夫に満ちている。
 館内には代々に渡り守り継いできた温泉にまつわる古い文献等を展示したギャラリーもあり、中には幼な心をかきたてる昔懐かしい資料もあった。「玉子湯」は、その歩みから佇まいまで、高湯の歴史証人とも言える宿のひとつだろう。
 高湯を後にして約30分。帰がてら立ち寄った「まるせい果樹園」内のカフェ「森のガーデン」では、桃2個分(!)を贅沢にトッピングした話題の桃パフェに舌鼓。口一杯に広がる瑞々しい甘さに、過ぎゆく季節を惜しむ。
 一説によれば、その実の赤さから“燃実(もえみ)”が語源とも言われる“桃”。俳句では桃の果実は夏ではなく秋の季語らしい。自然の営みは私たちの想像を超えた速さで駆け抜けていくようだ(笑)。吾妻の山が燃えるように色づく季節もまもなく。日に日に変わる空や山の表情に、高湯を愛した文人たちの足跡を追って、この秋、高湯逗留を愉しんでみてはいかがだろう。



【高湯ゆかりの文人たち】


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 <齋藤茂吉/さいとう もきち 1882-1953> 
山形県南村山郡金瓶村生まれ。歌人、評論家、随筆家。アララギ派の中心人物。万葉風の“写生”を重視するだけでなく、“生のあらわれ”を捨て去るのではなく、自己の切実な叫びを歌にした。


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<加藤 楸邨/かとう しゅうそん 1905-1993>
東京市北千束生まれ。俳人、国文学者。水原秋桜子に師事。中村草田男、石田波郷とともに人間探究派と呼ばれる。「句のカタチにしてしまうことを惜しむ気持が大切」と主張。心の底深く根差した詩境を重視した。


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<埴谷 雄高/はにや ゆたか 1910-1997> 
1910(明治43)年、台湾生まれ。小説家。評論家。孤独な獄中体験を経て、戦後は近代文学派同人。「一種ひねくれた論理癖が私にはある」というのを武器に、果敢に難解な小説を発表。代表作は「死霊」。


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<庄野潤三/しょうの じゅんぞう 1921-2009>
1921(大正10)年、大阪府生まれ。小説家。吉行淳之介、小島信夫らとともに「第三の新人」と呼ばれ、戦後文学をリード。「プールサイド小景」で第32回芥川賞受賞。日本浪漫派の詩人、伊東静雄に師事。随筆風の小説は淡々とした生活をテーマにしながら、研ぎ澄まされた詩的な世界を描いた。


■旅館「玉子湯」

〒960-2261 
福島県福島市町庭坂字高湯7 
TEL/024-591-1171

http://www.tamagoyu.net/

チェックイン 15:00  ・チェックアウト 〜10:00 
日帰り入浴/10:00〜14:00(最終受付13:00) 700円
※定休日/水曜日

[入浴時間]
露天風呂と湯小屋「玉子湯」は6:00〜22:00
大浴場「滝の湯」と内湯「仙気の湯」は0:00〜24:00
 
[温泉の利用形態]
天然温泉・源泉100%。完全放流式、加水なし、加温なし 
 
[アメニティ]
 大浴場と内湯/シャンプー、リンス、ボディーソープ、石鹸、ドライヤー等


[交通のご案内]

■東北自動車道
福島西I.Cから国道115号線〜県道5号線16km(約30分)

■福島交通路線バス
JR福島駅西口から「高湯温泉」行・「玉子湯前」下車(約40分)

※福島駅西口まで送迎いたします(要予約)
【お迎え】午後3時15分/【お送り】午前10時30分



■まるせい果樹園「森のガーデン」
〒960-0231 
福島市飯坂町平野字森前27-3 まるせい果樹園直売所
【営業時間】10:00〜16:00(土日祝は〜17:00)
【問い合わせ】024-541-4465
【休み】シーズン中無休 冬期期間休業
【駐車場】有





posted by yusanjin at 12:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする