2017年08月17日

高湯 昭和-平成時代編・不動滝と夏露天

01安達屋露天風呂出だし画 800.jpg

2017年7月某日

林間に響く瀑音、不動滝で夏涼み

 緑したたる夏。この季節、高湯を訪れたらぜひ足を伸ばしたい納涼スポットがある。“熊滝”、“鼓滝”と並ぶ“高湯三滝”のひとつ「不動滝」だ。大正時代の文献にもその名を連ねる滝までは現在、唯一、遊歩道が整備されている。入口は花月ハイランドホテル(詳細はこちらのブログを参照)の駐車場手前から右に折れた細い山道を登り、かつての硫黄鉱山跡の“ボタ山(捨石の集積場)”を過ぎた辺り。温泉街から歩いても30分程だ。(車で向かう際は道の途中にある駐車場を利用)

02硫黄鉱山跡s.jpg03展望台s.jpg
05展望台より不動滝s.jpg04不動明王s.jpg06不動滝散策路s.jpg08不動滝s.jpg
09不動滝s.jpg10不動滝横の明王s.jpg12不動滝下半分記念写真明治期s.jpg

 滝を見下ろす展望台でもある遊歩道入口には不動明王像が祀られ、生い茂る木々の間にちいさく滝の姿が見下ろせる。ここから滝壺までは一気に100m程下りる。途中には、ところどころ滑りやすい場所もある。足元は登山シューズや履きなれた靴がおすすめだ。
 林間に響く水音に心躍らせながら、ひたすら下りること約15分。目の前に緑に抱かれた涼やかな瀑布が現れた。落差30m程だろうか。ちょうど扇子を広げたように滑状となった滝壺付近の岩肌を、幾筋にもなった白糸のような水がすべり落ちていく。その姿を正面に望む岩場によじ登り、霧のように細かな水飛沫を全身に受ける清々しさ。
 ふと目を馳せればすぐ脇の岩穴に、苔むしたお不動様の姿も見える。水神である龍を従える不動明王は、修行における“魔”を払う神だ。この「不動滝」が古く、吾妻修験者の修行の場でもあったという話を思い出す。
 ちなみに、来る途中にあった“ボタ山”は、明治から大正にかけて発見された2つの鉱山のひとつ、信夫硫黄鉱山跡だ。最盛期は年間3,000トンを採掘し活況を呈した鉱山で、1953(昭和28)年に休山したという。

13吾妻屋山翠s.jpg14玉子湯湯小屋 屋根s.jpg15玉子湯湯小屋 男湯10s.jpg
17玉子湯昔の湯小屋大正10s.jpg18吾妻屋旅館s.jpg21湯花沢五番温泉s.jpg
19高湯全景昭和s.jpg23昭和19年高湯学童疎開荒川区の子供たちs.jpg

昭和から平成へ、高湯温泉の近代史

 ここで前回(詳細はこちらのブログを参照)に続き、昭和から平成にかけた高湯の変遷を辿ってみたい。
 高湯温泉の素晴らしさについては1906(明治39)年、当時の内務省衛生局から「珍しき成分の温泉なり」と認められ、1933(昭和8)年にはNHKラジオでも広く紹介された。1935(昭和10)年には、日本を代表する医学者の藤浪剛一博士によって源泉成分が克明に分析され、その有用性が科学的にも明らかになった。
 昭和初期における高湯の湯宿の配置は、明治時代同様、「吾妻屋」「安達屋」「信夫屋」が一ヶ所にまとまり、そこから約500m下った場所に「玉子湯」があった。当時、「吾妻屋」には私設の運動場もあり、温泉を利用した遊泳場として賑わった。1933(昭和8)年から1968(昭和43)年にかけては、花卉栽培の農場も開設。最盛期には海外への輸出も行ったようだ。太平洋戦争末期の1944(昭和19)年から3年間、東京の下町から福島県の市や町に約21,000人を超える児童が疎開した折には、高湯でも296名を受け入れ、親元を遠く離れて暮らす子供たちを安らかな温もりでいたわったという。
 そんな激動の歴史を静かに見守り続けてきた吾妻山が、突然の小噴火を起こしたのは1950(昭和25)年。まさにそれを新時代の“のろし”のように同年8月、吾妻、磐梯、安達太良、飯豊、出羽三山、朝日、猪苗代が磐梯朝日国立公園に指定。さらに時を同じくして吾妻山に自生する“ネモトシャクナゲ”が県の花に選定されたことで此の地の自然が注目され、高湯も一躍、脚光を浴びていく。
 日本観光社が発行した「国立公園吾妻連峰 温泉の旅」によれば、当時の高湯は遊楽的要素と無縁の山の宿で、吾妻山への足溜りをはじめ、自炊での逗留を楽しむ昔ながらの湯治場として記されている。

24吾妻スカイラインm1606s.jpg28登山道より吾妻小富士と桶沼s.jpg
29鎌沼周辺散策路折返すs.jpg31登山道より吾妻小富士s.jpg35あったか湯s.jpg

 しかし、やがて訪れた高度経済成長期、各地で進んだインフラの整備のなか、福島県でも1959(昭和34)年、吾妻山を横断する磐梯吾妻スカイラインが待望の開通を迎える。これを機に浄土平や吾妻小富士、鎌沼といった山岳トレッキングに観光客がどっと押し寄せた。高湯周辺でもこの流れに呼応するように、ゴルフ場やスキー場が次々とオープン。鄙の湯治場から観光型の温泉地へと、新たな時代を迎えていく。余談だが、念願の山岳道路の完成に湧いた地元では、一般から公募した歌詞と福島市出身の古関裕而の作曲による「花のスカイライン」もレコード化されている。
 昭和50年代半ばには湯宿も20軒を数え、1982(昭和57)年に開業した東北新幹線によアクセスも飛躍的に改善。開湯から400余年。吾妻の自然と先人から受け継いだ有形無形の遺産を護り続けてきた高湯は、バブル崩壊後も時代の波に翻弄されることなく推移していく。2003(平成15)年には共同浴場「あったか湯」もオープン。2010(平成22)年、全国で8番目となる「源泉掛け流し宣言」を発表し、本物を求める多くの温泉ファンに愛される山懐の湯郷となっている。

40安達屋客室s.jpg58安達屋不動の湯夜s.jpg43安達屋薬師の湯一夕s.jpg
46安達屋夕食s.jpg45安達屋夕食s.jpg49安達屋夕食s.jpg55安達屋大気の湯s.jpg
57安達屋薬師の湯一夜人s.jpg42安達屋大気の湯s.jpg60安達屋朝食s.jpg

贅沢露天と囲炉裏会席の愉しみ

 今回の訪問でお世話になった「安達屋」は、「吾妻屋」と並び高湯の草創期から続く老舗湯宿。いつ訪れてもそのスケールに圧倒される名物の大露天風呂「大気の湯」(詳しくはこちらのブログを参照)は、自然と共生する高湯の醍醐味を教えてくれる露天風呂は夜9時までは女性専用。それまで男性は大浴場「不動の湯」のみの使用となるが、レトロ感漂うこの風呂も実はファンが多く、これはこれで捨てがたい趣がある。その情緒をたっぷり愉しんだ後、夕食前に連れと贅沢な貸切風呂「薬師の湯(一の湯)」へと繰り出し、静かに暮れてゆく夏の宵に浸る。
 少しご無沙汰してる間に、個室スタイルの会食場は椅子とテーブルの佇まいに改装したようだ。とはいえ、テーブルには以前と変わらぬ囲炉裏が切られ、すでに頃合となった炭火が、今か今かと焼き物を待ちわびている(笑)。変わったのは佇まいだけではない。食事の始まりには専任のスタッフが、気さくな会話とともに目の前で用意された食材を炙ってくれる。今夜の焼き物は岩魚に川俣シャモ、つくねに地竹。できたてはもちろん、焼き加減によっても異なるその絶妙な歯応えと香ばしさに、思わず酒もすすむ。料理にはラズベリーソースでいただく「鴨ロースト」や、イタリアンテイストの「トマトの釜盛り」など、見た目に洒落た洋皿も登場。前菜からデザートまで、料理人のセンスを感じるもてなしに終始、会話が止まらない賑やかなひとときとなった(笑)。
 夜9時をまわり、満を持して独り向かった大露天風呂は、ぼんやりと白濁の湯が闇夜に浮かぶ幻想舞台。ひっそりと静まり返ったその世界で目を閉じれば、体の隅々まで湯の力がじんじん染み渡っていくのを感じる。ちなみに館内に3ヶ所ある貸切風呂(「薬師の湯(一の湯・二の湯)」・「ひめさ湯り」)は、夜10時以降は予約なしで利用できる。部屋に戻った後、就寝前には連れにせがまれ貸切風呂で、飽かずにまたまた“ちょい風呂”(笑)。満天の星々を仰ぎながら、ひんやりと清涼な山の夜気にほてる体をクールダウンする。
 深い眠りを得た翌朝。名残惜しげに朝湯を浴び、野菜たっぷりの朝食に元気を得て出発。「安達屋」の風呂は、立ち寄り入浴でも気軽に利用できる。宿のすぐ向かいには共同浴場「あったか湯」もあり、それぞれに趣異なる風呂巡りを贅沢に満喫してみるのもいいだろう。もちろん、温泉成分の強い高湯のこと。湯あたりにはくれぐれもご注意を。入浴の際は無理をせず、充分な休息をとるなど、体の声に耳を澄ませていただきたい。

62吾妻屋 ロビーs.jpg63吾妻屋 山岡鉄舟書s.jpg64吾妻屋 尾崎行雄書s.jpg
65吾妻屋古霞s.jpg66吾妻屋風楽s.jpg68吾妻屋山翠通路s.jpg70吾妻屋山翠男s.jpg
71吾妻屋山翠男s.jpg73吾妻屋s.jpg74吾妻屋s.jpg

歴史を語る吾妻屋ギャラリー

 「安達屋」の隣に建つ「吾妻屋」のロビーには、高湯にまつわる古い温泉資料の他、勝海舟や伊藤博文や後藤新平、山岡鉄舟といった錚々たる偉人たちの墨跡等を展示する歴史ギャラリーもある。
 客室数わずか10室という規模ながら、宿には「古霞」と名付けられた内湯(殿方・ご婦人・貸切)の他、別棟の小露天「風楽」(殿方・婦人・家族風呂)、さらにまた別棟の露天風呂「山翠」(殿方・ご婦人)と、計8つもの風呂が敷地内に点在している(詳しくはこちらのブログを参照)。なかでも宿泊棟から80m程、林間の斜面を上った先にある「山翠」は、山の湯の究極の世界観を呈した野趣満点の外湯。山林に溶け込むように巨石を配した風呂は、高湯の湯の本領をどっぷりと満喫できる愉快さに溢れている。源泉掛け流しを誇る高湯らしい、夏場は少々我慢の熱さ(笑)だが、それもまたこの環境ならご愛敬。
 顧客の寛ぎに徹する「吾妻屋」では、風呂の利用は宿泊客のみ。それゆえ館内のどの風呂を訪れても、ゆっくりと静かな時間が満喫できる。「吾妻屋」に通う常連客に、秘湯好きの温泉通が多いのもこのためだろう。
 激動の昭和から平成まで。思えば幾つもの価値観が入れ替わった近代史において、一途に時を重ねてきた高湯の歩みは、此の地に訪れる短い夏のように純朴で潔い。そのシンプルさゆえに、人々の心と深く共鳴するのかもしれない。高湯には偉大な吾妻の自然と湯を愛し、想いを寄せたゆかりの文人も多い。その話についてはまた次の機会にでもご紹介したい。



■四季を彩るいこいの宿「安達屋」
〒960-2261 
福島県福島市町庭坂字高湯21
TEL/024-591-1155
チェックイン 14:00  ・チェックアウト 〜11:00 
日帰り入浴/10:00〜13:00 700円
[入浴時間]
ご婦人内湯「姫の湯」
殿方内湯「不動の湯」
大露天風呂「大気の湯」(※18:00〜21:00は女性専用)
貸切露天風呂「薬師の湯」〈一の湯・二の湯〉(要予約)6:00〜24:00
貸切風呂「ひめさ湯り」(要予約)7:00〜21:00(※22:00〜6:00はフリー)
[温泉の利用形態]
天然温泉・源泉100%。完全放流式、加水なし、加温なし 
(※「薬師の湯」は季節により加熱水を給湯)
[アメニティ]
 大浴場と内湯/シャンプー、リンス、ボディーソープ、石鹸、ドライヤー等
[交通のご案内]
■東北自動車道
福島西I.Cから国道115号線〜県道5号線16km(約30分)
■福島交通路線バス
JR福島駅西口から「高湯温泉」行・「高湯前」下車(約40分)
※福島駅西口まで送迎いたします(要予約)
【お迎え】午後3時/【お送り】午前11時

■「今昔ゆかしき宿  吾妻屋」
〒960-2261
福島県福島市町庭坂字高湯33
TEL/024-591-1121
チェックイン 14:00〜・チェックアウト 〜10:00 
※チェックイン時に内風呂「古霞」・貸切風呂ご利用のご予約を承っております
日帰り入浴/無
[温泉の利用形態]
天然温泉
[アメニティ]
 シャンプー、リンス、ボディソープ、ドライヤー
[交通のご案内]
■東北自動車道
福島西I.Cから国道115号線〜県道5号線16km(約20分)
■福島交通路線バス
JR福島駅西口から「高湯温泉」行・「高湯」下車(約40分) 徒歩1分

■磐梯吾妻スカイライン
最高標高は1,622m。1959(昭和34)年に開通した、高湯温泉と土湯峠を結ぶ福島県有数の観光道路。今なお噴火している一切経山をはじめ、樹林に囲まれた噴火口跡の桶沼や浄土平の湿原など、火山が創り出した荒々しい景観と豊かな植生は、春の“雪の回廊”から秋の紅葉まで、ドライブやツーリングの人気スポット。道沿いには上靖氏が命名した「吾妻八景」に代表される景勝地がある。
◇磐梯吾妻スカイラインが「世界で最も美しいツーリングロード10」で紹介されました
※通行料は恒久的に無料化されました
※定期的な火山ガス濃度測定により、基準値を上回った場合は直ちに通行規制となります
※例年11月〜翌年3月までは冬期通行止め(浄土平のレストハウス、天文台、ビジターセンターも冬期休館)

◇通行可能時間(2017.8現在)
※吾妻山の噴火警戒レベルが「レベル2」から「レベル1」に引き下げられたことに伴い、2016年10月19日より磐梯吾妻スカイラインの夜間通行止を解除し、24時間通行可能となりました

◇沿道の見どころ
・雪の回廊:再開通日から5月上旬 
・新緑:5月上旬から6月中旬
・紅葉:浄土平(9月下旬〜10月上旬)
    天狗の庭・双竜の辻・湖見(うみみ)峠(10月上旬)
    つばくろ谷・天風境(10月中旬)
    白樺の峰・国見台(10月下旬)
問い合わせ/0242-64-3478(福島県県北建設事務所 吾妻土湯道路管理所)
      024-591-1125(高湯温泉旅館協同組合)
★福島県スカイライン交通情報


posted by yusanjin at 16:20| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする